劇団ひとりに相方にいて元々、喧嘩仲間ってマジ!?

 

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今回ですけども!!

 

劇団ひとりは今や長寿番組のゴットタンのメインMCや、

ゴールデン番組でも活躍している人気芸人ですが、

ピン芸人の彼は実はもともとコンビで活動しているのを知っていましたか??

 

 

そんな劇団ひとりの相方はどんな人で、

今はどのような活動をしているのか紹介していきますね。

 

 

 

 

劇団ひとりの相方はどんな人だったの?

 

劇団ひとりは今や売れっ子芸人の一人ですが、元々はコンビで活動していました。

「スープレックス」というコンビ名だったそうです。

プロレス技のジャーマンスープレックスを思い出させるネーミングセンスですね(笑)

 

 

当時の劇団ひとりは

本名の「川島省吾」で活動していたのです。

 

 

劇団ひとりは当時ボケを担当していて、

相方のほうはツッコミを担当していました。

 

そんなツッコミの相方の名前は「秋永和彦」といいます。

 

相方のプロフィール

秋永和彦は1976年生まれで劇団ひとりは早生まれの1977年なので、

同学年で同じ千葉県出身です。二人の出会いは中学時代から始まります。

劇団ひとりは中学生から手のつけられないヤンキーで、

相方の方も隣の中学校の番長を張っていたそうです!

 

今では想像できないですよね〜(笑)

 

そして、この二人の出会いは

相方の秋永和彦さんが

劇団ひとりの中学に乗り込んで喧嘩を売ってきたのが始まりです。

 

 

劇団ひとりと相方は高校生から芸人活動をしていた

 

その後、高校でもお互いヤンキーだった二人はスープレックスとして芸人の活動を始めました。
1994年4月にコンビ結成をした二人は高校生芸人として早くから活躍していたのです。

 

90年代は現役の高校生が芸人として活動できる場がありました。

現在は芸能プロダクションが養成所を開設していますが、当時は芸能事務所のオーディションに誰でもネタ見せすることができて、特に太田プロには現役の高校生までも事務所に所属していました。
太田ブロに所属していた現役高校生芸人がスープレックスなのです。

芸歴は意外と長いです。
同期には猿岩石やアンタッチャブルがいます。

 

 

 

 

コンビが解散した理由は?

 

その後天才たけしの元気がでるテレビやスーパージョッキなどの有名番組にも出演するようになり、あのNHKの伝説コント・漫才番組の爆笑オンエアバトルにも出演するようになりました。

爆笑オンエアバトルはお客さんの高い投票率がないとオンエアされない番組ですが、そんな実力がすべての番組にまで出演することが出来たということはお笑いの実力が相当なものだったと言えます。
その証拠にバラエティー豊かなボケをする劇団ひとりとキツめのツッコミをする秋永のコントや漫才はお笑いファンだけではなく、評論家にも高い評価を得ていました。

そんな第一線で活躍していたスープレックスは2000年4月にコンビを解散してしまいました。

理由としてはどちらにも原因があったようで、劇団ひとりは遅刻やドタキャンをすることが多くて、相方の秋永は借金をしてなんと失踪までしていたのです。
そんな状態で芸能活動なんてできるわけがないですよね。

 

劇団ひとりの相方は今何をやっている?

 

劇団ひとりの元相方の情報は現在何もなくて、太田プロの公式プロフィールからも削除されています。失踪までしたのですから当然何をやっているのかもわかりません。
掲示板でも探しましたが、秋永のことを書き込みしている情報はほとんどなくてそれらしい情報を探すことは不可能でした。